MOVIE 「千年の一滴 だし しょうゆ」
1月2日から公開されている映画「千年の一滴 だし しょうゆ」を見てきた。これは昨年再放送されたNHKスペシャル「国際共同制作 和食 千年の味のミステリー」の醤油パートにだしのパートを加え、「だし」と「しょうゆ」をトータルにアレンジされたもの。
佐々木俊尚さんが映画ドットコムの連載で
映像があまりにも圧倒的だ。和食を描いたドキュメンタリと聞かされると、板前さんの精巧きわまりない包丁さばきだったり、築地市場の賑やかなセリだったり、器の美しさが描かれたりと、よくあるステレオタイプな映像を想像してしまう。ところがこの映画には、そういうシーンはほとんど出てこない。
と紹介されていたのを読んで、これはぜひ見てみたいと思い、ポレポレ東中野に足を運んでみた。
※以下内容に触れているため、未見の方はご留意ください
その一端は予告編でも伝わってくる。
「フレンチの主人公はシェフ。しかし和食は…日本列島そのものが料理人だ。」
公式サイトには
2013年12月に放送したNHKスペシャル『和食』をベースに 監督がパリに行き、フランス人プロデューサーや 音楽(英)、スクリプト(英)、映像技術(アルゼンチン)など 海外スタッフと共に仕上げた、世界に通用する作品です。今後、イタリア、ポーランド、スロベニアでの放送が決まっています。
とある。海外スタッフ一緒に作ったドキュメンタリーで「和食」をどう伝えるのか。期待をつのらせながら作品を見た。
前半は「だし」後半は「しょうゆ」。テレビで見たのは主に「しょうゆ」の方だが、もちろん「だし」の方でも料亭での料理のシーンなどは見覚えがあるカットが混じっている。
京都、北海道、枕崎、宮崎の季節を追う圧倒的な美しい映像。そして音。井戸水を汲み、鍋を火にかけ、昆布を一枚一枚入れるときのあの「ぽちゃん」という音。くつくつと煮える音。しょうゆを加える音。麹が発酵する音。雨の音。風の音。禅僧が食事をいただく音。種麹を育てる蔵の静寂すらも音の一部だ。これらの音にも「味」を感じるのだということに改めて気づかされた。
そう、「『音』の美味しい」映画だったのだ。
昆布漁の舞台は知床・羅臼。オホーツクの海、流氷が昆布の生育に大きな役割を果たしていること、昆布の子どもの映像(初めて見ました!) 、夏に海岸に流れ着く昆布を拾って少々の稼ぎを得ているおばあちゃんがヒグマと遭遇・対峙するところ、大きな漁具でくるくると2年目の昆布だけを海底から収穫する鮮やかさ。そして一度天日で乾燥させた昆布を一晩また海岸に出して夜露に当てる意味。美味しいものをいただくために自然のメカニズムを体得したやり方に感嘆するばかりだ。
一方、鰹節の舞台は鹿児島の枕崎。足が速く痛みやすいカツオを保存食とするのに黴を使うという知恵、おそらく発見は偶然だったのだろうがその手法をどんどん洗練させていき、最高級の本枯れ節を作る数少ない職人さんに密着する。カツオをさばき、蒸し、燻り、じっくり黴をつけて、天日に当てる。また黴をつける。熟成の度合いは節どうしをぶつけた時の音。充分熟成すると「カーン」と高いいい響きの音がする。中途半端な音のものと比べるとそれは素人耳にも違って聴こえる。
植物性の昆布のだしと動物性の鰹節のだしを合わせると、そこに魔法のような「うまみ」が生まれる。このだしを取るための素材にすでに気が遠くなるような人の手と時間がかかっているのだ。
ところでこの「だし」というものは、仏教の肉食禁止から生まれたと、この作品の中では紹介している。
柴田監督の週刊通販生活掲載のインタビュー記事にもこのように書かれている。
日本食にだしが使われた起源を探ると、仏教伝来の1500年前にさかのぼります。殺生を忌み嫌う仏教を尊ぶ朝廷は、たびたび肉食禁止令を出しました。最初は支配階級に、江戸時代には庶民にも浸透しました。人々は、肉に代わるうまみを得ることを模索したのでしょう。江戸時代に発行された料理本『料理塩梅集』には、初めて「だし」という言葉が出てきます。だしは、日本列島全体を舞台に、人々が育んだ“食の革命”と言ってもいいかもしれません。
仏教でだしに使われるのは、昆布としいたけ。そのしいたけについても映画では紹介している。こちらは宮崎県椎葉村。山中で古来の「焼き畑」をしながらしいたけを育てているおばあさんが出てくる。樹の樹液の流れる音を聴き、充分枯れたと判断したら切り、焼く。不思議なことに焼くことで新しい植物が生えるのを促進していく。いい具合に乾いた原木に鉈で目を入れると胞子がたくさん根付くが、それはタイミングが重要だ。予告編にある、しいたけがむくむくと成長して木の皮を割ってでてくるように見える映像はこの鉈目から成長するしいたけのものである。生命が躍っている。
禅寺での食事作りの様子、典座(てんぞ)と呼ばれるいわゆる料理長へのインタビュー。僧侶の食事は腹を満たすためのものではなく、命を続けるために他の命をいただくこと。最後に残す7粒の米粒の意味。若手僧侶が新米僧侶時代に空腹に耐えかねた経験談。ここでもだしが彼らの命をつなぎ支えている。
後半のしょうゆ編は、洛中の醤油屋さんと種麹屋さんが主な舞台になる。こちらはNHKスペシャルでも放映された内容が多く、思い出しながら見ていた。また加えて、天然麹菌・蔵付き酵母で酒作りをしている酒蔵も紹介していた。これには驚いた。この蔵では自社田の稲穂から採取した稲麹菌から自家培養した天然麹菌を種麹としているというのだ(稲麹について詳しくは寺田本家さんの「稲麹で酒づくり」をご覧いただければ)。
登場する醤油蔵では、ゆでた大豆に種麹をまくときに「枯れ木に花を咲かせましょう」と唱えるという。寒すぎず、暖かすぎない4月におこなわれ、一週間してうまく麹の花が「咲く」とこの年の造りも無事にできる、と胸をなでおろすとのこと。
この麹菌、アスペルギルス・オリゼは日本で「育てられた」菌である、という学説を発表されている東京大学の北本勝ひこ教授が登場してその遺伝子情報の解析結果を説明されるのだが、TVと同様に先生のバックにあの「もやしもん」のオリゼーぬいぐるみが映り続けていたのが、個人的には一番のハイライトだった。上映後のゲストトークが終わってから監督にあの人形について聞いてみたら、「あれは先生の研究室にあったもの。これはぜひ一緒に映したいと入れた。もちろん先生の了承済。先生も『もやしもん』の大ファンです」とのこと。
とにかく情報量の多い、じっくり眺めてしまう映画である。ぜひ映画館で体験していただければ。
さて、この日にポレポレ東中野に出向いたのは、上映後のゲストトークのゲストが「べにや長谷川商店」の長谷川清美さんだったからである。彼女のことは以前このブログでも「北海道・遠軽から在来種の豆を伝え続けるべにや長谷川商店」という記事でご紹介したことがあり、その方がいらっしゃるということでお話を聞いてみたいと思ったのだ。
実は柴田監督は長谷川さんの協力で、NHKハイビジョン特集で「北海道 豆と開拓者たちの物語」という番組を制作し、2011年にNHK-BSで放映され、2011年度ATP賞テレビグランプリ、最優秀賞(ドキュメンタリー部門)を受賞されたそうなのだ。そしてそれが「食」のドキュメンタリーにかかわるスタートとなったので、今回ゲストとしてお呼びしたとのこと。
その番組を一部編集したものをまず見せていただき、それからトーク、質疑と進んで行った。
以下ゲストトークで印象的だった内容のメモを。
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・在来種の魅力 一言で言って「生きてる」 豆はさやから出るタイミングを自分でコントロールする(長谷川さん)
・べにしぼりという在来種 脱穀機にかけてもなかなか外れない 栽培種は簡単にはずれる 在来種は一回かけても外れない 無理に力を強くすると割れてしまう(長谷川さん)
・ブラジルは豆の消費量が日本の4倍 天日で乾燥した豆が勝手にはじける音が花火のように聞こえる(長谷川さん)
・金時豆は数十年前に大正金時から脱穀しやすいものをより分けた
原種の本金時はいたみにくい 煮豆にしても悪くなりにくい 服部ツルさんは好んで食べていた 皮がハードで皮に味がある
今の人は皮が硬いのをエグミとしてとってしまう(長谷川さん)
・種麹屋さんは取材で苦労した なかなか入れてくれなかった 生産と同じ比重で守るところにエネルギーをかけている 映されてもそれは他の人達にはできないと判断してようやく入れてくれた(柴田監督)
・在来種の種は売ってない 農家の方は選抜にすごく敏感 株を選抜にするとか
種を選ぶというのは経験と技術が要る 株の成長の仕方とか葉っぱの茂り方とか
自家採種し続けると豆が小さくなる(長谷川さん)
・ばあちゃん同士が春になると豆を交換する
大豆は日本で一万とか十万とかあると言われてる
青森の毛豆選手権 町内で何十種類もある
自分とこの味噌用にはこの大豆と用途によって豆を使い分けている(長谷川さん)
・種麹も 大豆用に3種類 米用に7種類 酒屋さん毎にブレンドしてあげる(柴田監督)
・知恵の伝承 経験値のすばらしさ 年数を重ねることの大切さ
おばあちゃんたちにとって伝承するという意識がほとんどない それを別の誰かが価値を認めてつないでいく必要がある(長谷川さん)
・鰹節屋さんは、カツオの値上がりでやっていけなくなってしまい、今は宗田節をやって本枯れ節を守ってる
お醤油屋さんも一度廃業を考えたけど町家ブームなどでもう一度やり直した。でも機械などを取り払ったので年に一度麹をまくあのやり方しかない。(柴田監督)
・在来種をやって価値があるのかという思いとの狭間にある
国や農協にお金をもらうとかよりも、独立独歩でやって、あとで協力してもいいよとなってくれる方がいい
在来種はお金をもうけるためのツールではない(長谷川さん)
・遠軽で元々祖父の代からの農家は10軒
リスクヘッジ で道内に30~40軒 ほとんど自家用 おばあちゃんが守っている
札幌のアルバイト情報社の「いいね!農Style」という農家育成プロジェクトの在来種豆プロジェクトで10軒増えた(長谷川さん)
・地方の人は こんなの売ってどうするの、という感じ 食べてくれる人がいると励みになる
豆は健康志向で売れてきてるけど、在来種はまず食べ方がわからないから動きが悪い 本は売れてる 興味がある人はいる 料理をして食べようという人がなかなかいない(長谷川さん)
・日本人と自然の付き合い方を伝えたかった ドキュメンタリー映画プロデューサーの集まりでフランスに出資を呼びかけた ワイルドな自然があって和食があるというところに興味を持ってもらえた
フランス人にとって自然は管理するもの 日本の映像 フロンティアがない 対立関係じゃなくてそこから何を掴み取ろうとしてる 日本人の自然観を大事にした方がいい(柴田監督)
・精進料理は出汁に煎った大豆を使う(長谷川さん)
・NHKの番組で出てきたツルさんが好きだったくらかけ豆は別名のりまめ。醤油との相性が、すごくいい。海苔みたいな味がする。(長谷川さん)
・大豆プラス醤油 大豆プラス昆布 海のものと山のものを合わせて食べるのが和食の魅力(長谷川さん)
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参考リンク:
映画「千年の一滴 だし しょうゆ」監督 柴田昌平さんインタビュー ~身近にありながら知られていない、自然の営みと日本人の知恵が凝縮されている「だし」と「しょうゆ」の世界。(通販生活)
――海外の視聴者の反響はいかがでしたか。柴田 公式WEBサイトに寄せられた感想では「太古以来のこの叡智。それを西洋は今、改めて発見し直すところから始めなくてはならない」とありました。うれしいですね。
――今回、日本での上映では、どんな人に観てほしいですか。
柴田 普段、忙しくてあまりだしを使わない人や食事をジャンクフードで済ませることが多い人、あるいは食事を見直そうと思っている人に、ぜひ観ていただきたいですね。自分たちが伝統的に口にしているものの奥深さを感じ、楽しむことにつながると思います。だしも醤油も、これだけ日本人の身近にありながら、歴史や背景については意外と知られていないものですから。
『千年の一滴 だし しょうゆ』 永久保存したい食ドキュメンタリー(47NEWS)
知ってるつもりの我々でさえ、あの一滴に手間暇と人間の英知、そして自然の恵みがギュッと凝縮されていることに感嘆するだろう。特に日本の食材に必要なカビや菌は、木造建築や樽、湿気といった独自の文化や風土があってこそ生まれたもの。そう考えると、大っ嫌いなジメジメした日本の気候もなんだかありがたく思えてくるから不思議だ。何より食材を丁寧に捉えた映像の美しいこと! シイタケの傘がぷっくり膨らんでいく姿を定点カメラで収めたシーンに、自分がこんなに萌えるとは思わなかった。女優木村多江と奥貫薫の落ち着いたナレーションも良い! 永久保存したい食ドキュメンタリーの傑作。
NHKハイビジョン特集 『北海道 豆と開拓者たちの物語』(プロダクションエイシア 作品紹介)
地上から消えゆく運命にある小さな豆に刻まれた“記憶”をたどり、北の大地に挑んだ開拓農民の営みを記録するドキュメンタリー。北海道開拓を志した人々は、日本各地のそれぞれの故郷の豆を袋に詰めて海を渡った。赤、青、黄、緑、紫・・まるで夜空に輝く星のように美しく多彩な大豆やインゲン豆の数は600種以上ともいう。開拓者たちは豆を育てて命をつなぎ、牛馬と共生しながら過酷な開拓の物語を紡いでいった。
小さく多様な豆は、一つひとつが時空を超える証言者である。番組では、高齢化が進む開拓農民の大地とともにある暮らしを一年かけて記録した。そして彼らが大切に伝えてきた、色とりどりの豆を、過去と未来を結ぶ遺伝子のタイムカプセルととらえ、そこに、海を越えて入植し広大な原野に挑んだ開拓農民の”夢と記憶”を、詩的映像を駆使して映し出していく。
「だし」 フランス・ドイツでの放送(大道映画人)←柴田監督のブログです
フランスとの国際共同制作でつくったドキュメンタリー番組「だし」が
フランスとドイツで放送された。アルテという、フランスとドイツが共同で設立した放送局でのオンエア。
実は、共同制作のパートナーのLucたちも夏休みで
放送開始を知らされないまま、気づいたら初回の放送が始まっていた。
でも、好評なのだろう、再放送の日程がどんどん増えている。
またFacebookでの「いいね」の数も。
「千年の一滴」制作秘話 #002(大道映画人)
なぜ、このカメラを選んだの??
ハイスピード撮影という、1秒間を1分ぐらいにする
「超スローモーション」ができるからだ。
でも、このカメラは、ドキュメンタリーの現場では使いにくい側面もあり
「やめた方がいい」という友人からのアドバイスもあった。
この「使いにくさ」が、結果的には、強い映像表現につながって行った。
「千年の一滴」制作秘話 #004(大道映画人)
日本版とヨーロッパ版の「本編」は同じだが、「予告編」は違う。フランス人プロデューサーのLucは、
力強い打楽器の音を使いたがった。「ヨーロッパにはない、日本から来た映像。
自然に対する叡智を伝える、モダンな映像ということを
強調したい」
※ちなみにヨーロッパ版予告編はこちらです。
祇園の主人 加藤宏幸さんのこと(大道映画人)
だしを引くための古い道具を今も大切に使っている数少ない料亭のひとつです。馬の尻尾でできた篩を、道具屋さんに特注しているのですが、おそらくそこまでこだわっているのは、日本で2軒だけです。「千年の一滴 だし しょうゆ」の取材の初期、資金のメドが立たない状況のとき、「うちの料亭の2階で寝泊まりして良いよ、何でも好きなとおり撮影しても良い」と懐を開いてくれました。加藤さんは、それだけ仕事に自信があるのです。
加藤さんの料亭で寝泊まりをする中で、麹菌(アスペルギルス・オリゼ)の世界に僕は気づいたのでした。
「北海道 豆と開拓者たちの物語」ATP賞受賞のお知らせ(お豆ちゃん)
さて、お世話になりながら制作した番組、「北海道・豆と開拓者たちの物語」が
ATP(全日本テレビ番組製作者連盟)の最優秀賞(ドキュメンタリー部門)を受賞したとの連絡が
事務局より先ほど届きました。日本のテレビ界ではとても大きな賞のひとつです。
受賞理由はまだ発表されてはいないのですが、
在来種をめぐる地道な営み、開拓民としての生きることの誇りとたくましさが
審査員の方々の共感を呼んだのだと思います。
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