MOVIE 「しあわせのパン」
大泉洋さん主演のオール北海道ロケ映画「しあわせのパン」。
1月28日から全国公開されているが、邦画は早く引き上げられることも多い昨今、そろそろスケジュール的に厳しくなりそうかと思い、仕事帰りにシネクイントで見てきた。
※以下内容に触れているため、未見の方はご注意を。
シネクイントのロビーには、大泉さんと原田知世さんのサイン入りのポスター。
お二人の部分に接写してみたのがこちら。それでも原田さんのサインはあくまでちっちゃい…。
さて作品は、予告編などでイメージしていたよりほんのりビターな味わいもあるもので、ちょっと意外だった。基本的には大泉さんと原田知世さん演じる水縞夫妻がほんわかとあたたかく、おいしいパンと料理でいろんなわけありの人達をもてなしていく、というストーリーではあるのだが、二人の間に時折漂う孤独の影や、訪れる人達の抱える問題の重みなど、決して「きれいなだけの暮らしではない」様子も映し出される。
舞台になる洞爺湖沿い・月浦の風景は湖と山と草原でまるで北欧のような美しさ。そんな風景の中でそういうリアリティのあるストーリーが展開されるからこそ、絵空事ではなくじんわり胸に響いてくる。実際この映画でこんなに泣くことになるとは全く予想外で、無防備のまま行ってしまっていた私は終了時は目を腫らして映画館をあとにすることに。「秋のお客様」のお母さんが出て行ってしまった家の娘とお父さん、という設定だけでもすでに私の涙のツボなのに、「冬のお客様」の高齢のご夫婦の話が、いやもう。ご覧になる方には新鮮なお気持ちで見ていただきたいので詳細は書かないが、渡辺美佐子さん演じる奥さんの「お父さん、私、明日もこのパン、食べたいなあ」のセリフは号泣ものだった。
人間模様と洞爺の四季の風景、そしてもうひとつの主役がパンとコーヒー、お料理。それぞれ丁寧に誂えられる様子から映され、できたてのパンをふたつに割った時に立つ湯気やコーヒーを立てる音などがとても「美味しそう」なのだ。小麦粉、小豆、栗、コーン、じゃがいも、百合根など北海道の素材をふんだんに使った素朴なお料理のなんと力強く雄弁なこと。この風景の中で、この人たちと食べてみたいと強く思ってしまうものだった。
日常の描かれ方のきめ細やかさがまたとても印象的で、たとえば「冬のお客様」のために急遽ご飯を炊こうとして米びつをあけてみたらお米がほとんどない、というシーンで、米びつの中にころんところがる真っ赤な唐辛子、とか。「夏のお客様」が2階のゲストルームに入ってくるとベッドの上にそっと乗せられていたラベンダーの花束、とか。
キャスティングもとてもよかった。りえさん役の原田知世さんはもうまさにはまり役で、彼女の持つ透明感とあたたかさ、内に秘めた凛とした近寄りがたさなどがこのお話の世界観を作っていた気がする。そして水縞くん役の大泉さん。珍しく(笑)セリフの少ない役柄に当初は少々とまどったらしいけど、「はい」や「ありがとうございます」などの短いセリフに様々な感情を乗せて、ほんわかとした、でも芯の強い、そしてりえさんを好きすぎてちょっとつらい水縞くんとしてそこに存在していた。カフェマーニの常連さんたちや季節ごとのお客様たちも、けして饒舌ではないけど表情、しぐさ、間合いでそれぞれの人達の存在感を感じさせていて素晴らしかった。個人的には「冬のお客様」の中村嘉葎雄さんと渡辺美佐子さんが、人生のドラマを凝縮していて、そして未来へつなぐ希望も見せてくれたのが圧巻だった。
美しい風景と、葉擦れや雪を踏む音など四季折々の音をきちんと拾っている音は、ぜひ映画館の大画面といい音響で堪能してほしいと思う。
企画はOFFICE CUEの副社こと鈴井亜由美さん。パンフレット収録の監督との対談によると「北海道を道外の視点でとらえてもらい、全国で上映することで道内の皆さんに北海道の魅力を再発見してもらうと同時に、道外の皆さんにも既存のイメージを超える“新しい北海道”を発信しようと思いました。」とのこと。寿司、カニ、ラーメン、スキーだけでない北海道の自然の壮大さと地元では当たり前の食材の美味しさを強くアピールできていたのではと思う。(だってあのポトフ食べたいもの!)
ラストに流れる主題歌は矢野顕子・忌野清志郎の「ひとつだけ」。「欲しいものはただひとつだけ」と歌うこの曲から脚本が書かれたという。この映画のテーマをそのまま表している素敵な曲。
ただひとつだけのほしいものを求めながら、シンプルに丁寧に日々生きていくことの大切さ、美しさを伝えてくれる作品だった。
いつかロケ地の月浦を訪れてみたい、そこでおいしいパンをほおばり、月浦ワインを飲み、あの美しい月を見てみたい。そんな風に強く願わせる作品。
関連リンク:
連載100回記念対談/オール北海道ロケ映画「しあわせのパン」企画の鈴井亜由美さん、三島有紀子監督(north style)
『しあわせのパン』企画の鈴井亜由美さんが北海道で映画を作る意味(日経電子版 映画・エンタメガイド)
製作委員会には北海道と東京の会社が参加し、経産省の北海道経済産業局や北海道観光振興機構など地元行政が後援。このほか、複数の北海道の会社が協力会社になっている。東京と北海道で一緒に映画製作することの相乗効果はもちろん、企業から行政まで北海道全体を巻き込む体制を作ることで、さらなる波及効果を狙った。映画による町おこしの側面もある。
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コメント
久々にいい映画をみました。
私は、「冬のお客さん」坂本夫妻の話が好きです。人生が終焉に近づき、絶望して逃げようとする夫。奥さんは、たぶんすべてわかっていて、お父ちゃんの思う通りにしてあげたいと思いつつも、おいしいパンで、ちゃっかり生命力を取り戻していく姿が印象的でした。
老夫婦を見送ったあとのりえさんのセリフもステキでした。「ずっと見守っていてね」には「逃げないでね」って意味もあるのかもしれないな、と思ったり。
風景・ご飯・登場人物・すべてがぴったりと重なり合った映画でした。
できるなら、マーニの常連になってあの場所にいたいなあと思ってしまいます。
投稿: 日月 | 2012/02/16 00:40
>日月さん
私も冬のお客様のエピソードが一番好きです。もしかしたらあのお客様たちはそれぞれ人生の「夏」「秋」「冬」にも対応していたのかもしれないな、なんてことも思ったり。
「マーニの常連になってあの場所にいたい」と私も思いました。
投稿: くりおね | 2012/02/16 23:55