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2010/12/07

STAGE 能「檜垣」(粟谷能の会研究公演・国立能楽堂)

すっかり日暮れも早くなった師走の初め、国立能楽堂で行われた粟谷能の会研究公演にお伺いしてきた。

番組は以下の通り。

仕舞 「忠度」粟谷明生 「松風」粟谷能夫

能 「檜垣」
友枝昭世(シテ)、森常好(ワキ)、山本東次郎(間)
一噌仙幸(笛)、鵜澤洋太郎(小鼓)、國川純(大鼓)
地謡 大島輝久 金子敬一郎 狩野了一 内田成信 長島茂 出雲康雅 粟谷能夫 粟谷明生

「檜垣」は老女物と呼ばれるジャンルの曲で、柴田先生のブログ記事「老女物 「檜垣」の上演」によると、

老女物は能の世界では最も位(くらい)の高いものとして、われわれ能楽師が目指す終極の目的になっています。

とのことで、そう簡単には演じられない種類の曲なのだそうだ。

その貴重な老女物を、喜多流の超人気シテ方・友枝昭世さんで見ることができるなんて。
実は私はこれが初・友枝さんのシテお舞台鑑賞。二重の意味で有難い話である。

どういうお話かというと、これも柴田先生のブログ記事からご紹介を。

「檜垣」は、若くて美しい白拍子が、その美しさゆえに男を悩まし、その罪で地獄に落ちた苦悩を描いています。

当日のパンフレットに「因果の水を汲む老女」と題して西野春雄氏が次のように書かれていました。
「単に老醜をはかなむのではなく、美しかった舞姫のいたましい末路を描く。男どもを惹きつけたその美しさゆえに、死後は、業火の焔に燃え立つ釣瓶を、永遠に手繰り続け、因果の水を汲まねばならないのだ。」(抜粋)

「檜垣」を分かりやすく的確に表現されています。

2時間強の長い曲だが、終わってしまえばあっと言う間。やっぱり友枝昭世さんはすごかった。諦念、執心、衰え、そんな様々なものがない混ぜになった動きの極めてゆっくりな「舞」。半分以上は一見立ってる「だけ」なのに、そこから老女の哀しみがひたひたと伝わってくる凄み。シンプルだからこそ研ぎ澄まされた微かな動きが重みを持ち、水に石を投げ込んで波紋が静かに広がるように、緊張感と共に大きな広がりを持って心に響いてくる。

それから、囃子方も非常によかった。特に笛の音の枯れっぷりがこの曲にぴったりで。ゆっくりとした動きの曲だったので、小鼓大鼓の規則正しい刻みも有り難く。

曲が終わりシテの後ワキが退場する時、一瞬拍手が置きかけたが誰も続かず、一旦途切れた。皆余韻に浸っていたかったのだ。囃子方が全員橋懸りにかかって、初めて拍手が全体で起きる。特に事前にアナウンスや告示があったわけではないのにこういうことは珍しい。やはりそのくらい印象的な舞台だったのだろう。

機会があればぜひまた友枝さんのお舞台、拝見したい。チケット入手は苦労しそうだけど…。

参考リンク:

老女物の継承―『檜垣』を謡う心意気― 粟谷明生

京都は遠いから幽界で遊ぼう 粟谷能の会・研究公園「檜垣」(梟通信)


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