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2009/08/25

「勝った中京の選手に涙、負けた日本文理の選手に笑顔」日本文理甲子園準優勝

昨日の決勝戦は、結果としてはタイトルの通りになりました。新潟に真紅の優勝旗を持ち帰ることはかないませんでしたが、試合内容は決して負けていない、むしろ相手校よりずっと鮮烈な印象を観客の皆さんに残せたと思います。
タイトルの言葉はNHKの広坂安伸アナのコメント。試合終了後の風景はまったくその通りで、中京のエースで4番・堂林選手が涙が止まらず「(押さえきれなくて)すみませんでした」と謝る異例のインタビューだったことからも、壮絶な試合だったことが想像できます。

県勢初快挙、文理堂々の準V(新潟日報:2009/08/25)

第91回全国高校野球選手権大会最終日は24日、甲子園球場で決勝を行い、3年ぶり5度目の出場で本県代表の日本文理は5年ぶり25度目出場の中京大中京(愛知)に9―10で惜敗し、県勢初優勝はならなかった。中京大中京は43年ぶり7度目の優勝。7度目制覇は単独最多。

 県勢で初めての準決勝に勝ち上がり、決勝に進んだ日本文理は、6点を追う九回、2死走者なしから5点を返す驚異的な粘りを見せた。初優勝はならなかったものの、決勝でも14安打を放つなど5試合すべてで2けた安打を記録した。

 中京大中京は毎回の計17安打。6試合で計52点を挙げた。


昨日は帰宅してから熱闘甲子園をはじめとしたスポーツニュースを軒並みチェックしましたが、どのニュースでもこの「9回表ツーアウトからの驚異の粘り」について時間を割いていました。本当にすごかった。2アウトになった時は、よくあるパターンでこのままあっさり3振でゲームセットになってしまうんだろうか、としょんぼりしていましたが、とんでもない。ボールをよく見てフォアボールを選び、甘いところに入ったチャンスボールを逃さずヒット。盗塁で攪乱し、ファウルで粘り、デッドボールを招いてとうとうエースを降板させたのです。これすべて9回2アウトからですよ。

文理のエース・伊藤選手の打席での甲子園の割れるような「イトウ、イトウ」という伊藤コール。それに押されるようにヒットを打って2点差まで詰めた時は、一体この子達はどんな練習をしてきたんだろうと思いました。18の少年達が、すごすぎます。「あきらめたらそこで試合終了ですよ」というスラムダンクの安西先生の言葉を本当に地で行ってるような光景です。

最後のサードライナーはあっけなく取られてしまって、日本文理の短くて長い夏は終わってしまいましたが、こんな鮮烈な試合は県勢ということを差し引いても久しぶりでした。

日本文理ナインの皆さん、準優勝おめでとう。胸を張って新潟に帰ってください。応援団・ご家族のみなさんもお疲れさまでした。
また、中京大中京のみなさんも優勝おめでとうございます。古豪のいざという時の強さを見せつけられました。

地元紙新潟日報は決勝進出の時点で見開きぶち抜きというすごいことになっていましたが、今朝はそんなものではなかった様子がこちらのブログでご紹介されています。もちろん当日号外もでました。

今朝も新潟日報が半端なく熱い件。あと日本文理お疲れさまでした【新潟県民の熱い夏】(聴く耳を持たない(片方しか):2009/08/25)

記事にある写真を拝見すると、1面と36面を見開きでぶち抜くスポーツ新聞手法はもちろん、社会面の34・35面、スポーツ面の16・17・18・19と他の話題は完全に片隅に(笑)。そして全面広告が10・11・12面と。

キャプテンでサードの中村選手と、ショート高橋隼之介選手は中越沖地震で大きな被害を受けた柏崎市出身なんですよね。

中村キャプテンのインタビューコメント「メダルは柏崎のおばあちゃんにあげたい」 にうるっときました。

あとは新聞記事のリンクを記念にピックアップしておきます。

「感動ありがとう」の声続々(新潟日報:2009/08/25)

「最後まであきらめない勇姿に涙」「優勝と同じ価値」―。夏の甲子園で準優勝した日本文理高校ナインへのメッセージが県内外から電話やファクス、電子メールで同校に相次いでいる。24日の決勝戦直後には「感動した。ありがとう」という電話が鳴りやまず、メールは25日正午までに100件近く届いている。また、新潟日報社へもホームページを通じてナインをたたえるメッセージが続々と寄せられている。

#日本文理へのメッセージはこちら↓からどうぞ。

感動をありがとう!日本文理 メッセージ募集

日本文理、最終回に驚異の粘り(新潟日報:2009/08/24)

激戦一夜明け、笑顔のナイン(新潟日報:2009/08/25)

3選手の地元柏崎でも大声援(新潟日報:2009/08/25)

文理高に準優勝祝う垂れ幕(新潟日報:2009/08/25)

同校の藤木国裕副校長(62)は「予想を超えて強かった」と話し、垂れ幕の一文「君たちは強かった」をベスト4が決まったときに考え付いたという。「選手たちが一戦一戦を通じて自信を付けていったのが顔付きやプレーから分かる。帰ってきたら頑張ったねと言いたい」と顔をほころばせた。

県球史塗り替えた文理ナイン(新潟日報:2009/08/25)

6点を追う九回二死一塁。日本文理ナインは1人としてあきらめていなかった。高橋隼之介が打席に立つと、主将の中村大地が次打者の武石光司に声をかけ、ポンとヘルメットをたたいた。「お前が文理の3番なんだ。悔いが残らないよう思い切って振っていけ」。
 高橋隼の適時打で反撃ののろしが上がり、まず1点。続いて打席に入った武石には強い思いがあった。六回の守備で連係ミスを犯し、それが大量失点につながっていた。「取り返そうとずっと思っていた。絶対に終わらせたくなかった」。
 ファウルで粘った7球目。思い切りたたきつけると快音を残した打球は右翼線を破る長打となり、武石は三塁ベース上で気勢を上げた。
 確実に流れは文理に傾きかけていた。主砲吉田雅俊の打球は三塁方向に上がったが、相手守備がお見合いしファウル。吉田が死球で出塁し、5番高橋義人も3球ファウルで粘り四球。2死満塁と望みをつないだ。
 続く伊藤直輝の打席に、甲子園の大観衆から「伊藤コール」がわき起こった。後押しに応えるように、振り抜いた打球は左前に抜け2人が生還。「球場全体で打ったヒットだと思う」と伊藤。代打石塚雅俊も初球を振り抜き左前適時打。ついに1点差まで詰め寄った。
 「あと1点」。球場全体がかたずをのんで見守る中、若林尚希が放った鋭い打球は無情にも三塁手のグラブに収まった。試合終了。若林は両ひざをついて崩れ落ちた。

「古豪の誇り」「雪国の夢」、9回45球の攻防に交錯(asahi.com:2009/08/25)
91回大会決勝。9回。45球の攻防に、古豪の誇りと雪国の夢が詰まっていた。

驚異の追い上げ、甲子園で成長 準優勝の日本文理(asahi.com:2009/08/25)

宇都宮の自宅を引き払って新潟市内に居を構え、妻秀子さんも呼び寄せた。部の寮ができると、親元を離れた選手の世話に秀子さんもいそしんだ。その秀子さんが昨年10月、がんで亡くなった。

 そのことも「甲子園で勝ちたい」という選手たちの思いにつながった。夏の甲子園で初勝利した15日、大井監督はエースの伊藤直輝君(3年)からウイニングボールを手渡された。「奥さんに」。思いがけない贈り物だった。

 ベンチ入り18選手のうち15人が新潟県出身。そんなチームが経験した「一番長い夏」を、大井監督はこう話した。

 「甲子園が、子どもたちを成長させてくれました。野球だけでなく、人間的にも」


妻夫木聡さん「越後人の誇り胸に」 日本文理、準優勝で(asahi.com:2009/08/25)

【熱球甲子園】日本文理 九回二死から5得点 驚異的な粘り見せる(MSN産経ニュース:2009/08/25)

猛反撃に大声援、地元「越後の誇りだ」(YOMIURI ONLINE:2009/08/25)


土壇場で日本文理は満塁とし、一人で投げ抜いてきた伊藤直輝選手に打席が巡ってきた。出身地の人口約6600人の新潟県関川村から、スタンドに約300人の「大応援団」がバス5台で駆けつけた。「逆転できる」。平田大六村長(75)が立ち上がって叫んだ。

 伊藤選手がはじき返して2人をかえし、代打の石塚雅俊選手が続いた。なお一、三塁の好機に、やはり関川村出身の若林尚希選手が打席に。「あと1点」。観衆4万7000人の甲子園に大歓声が響き渡った。若林選手の痛烈な打球は三塁手のグラブに吸い込まれた。 アルプスでは2年生の長井理奈さんが「逆転を信じていた。悔しい。でも、みんなで一丸になってナインを盛り上げることができた。最高の夏を過ごせた」と話し、号泣した。


(中略)
新潟市出身の漫画家・水島新司さん(70)は「新潟代表が決勝まで勝ち残ったことがすでに勝利者。すさまじい九回の反撃で、勝った気分にさせてくれる敗戦でした。ありがとう故郷の球児たち」とメッセージを寄せた。

第91回全国高校野球:新潟勢初、甲子園準優勝 日本文理・伊藤投手と若林捕手(毎日.jp:2009/08/25)
昨秋、あまりの貧打ぶりに大井道夫監督が名付けた「火縄銃打線」は、豊富な練習量で、打ち出すと止まらない強力打線へと成長し、バッテリーを何度も助けた。準々決勝前日の20日夜、宿舎で伊藤投手が若林捕手の部屋を訪ねた。「おれらで歴史を変えよう」。言葉通り、新潟県勢初の決勝進出を果たした。

凱旋に多くの市民が出迎え(新潟日報:2009/08/25)
選手たちは同日午後、滞在先の大阪から同市東区の新潟空港に到着。銀メダルを首に掛け、空港ロビーに入りきらないほど集まった市民に驚いた様子でバスに乗り込み、手を振る人たちに笑顔で応えた。
同校前に到着した選手たちは、正面玄関前まで大勢の市民が並んだ約150メートルの「花道」をゆっくりと行進。先頭に大井道夫監督(67)が立ち、続いて歩いた中村大地主将(17)は両手で準優勝盾を胸に抱いて披露した。
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