MOVIE 「バベル」
今年のアカデミー賞で6部門7ノミネートされ、作曲賞を受賞した話題作「バベル」を観賞してきた。
※以下内容に触れているため、未見の方はご注意ください。
題名の「バベル」は、旧約聖書に記された神の怒りに触れ言葉を分断された都市・バベルの物語から取られており、作品は人と人との分断されたコミュニケーションについて民族と人種を多様にからませながら描いていく。
主な舞台はモロッコ、メキシコ、日本。一見何の関わりもない三地点の人々がある事件を元に本人達の知らないところで接点が生まれ、その接点から始まる出来事が彼らの人生を大きく変えていく。
物語の「引き金を引いた」のは、貧しい遊牧民の兄弟。弟が自分を認めてほしくて戯れに放った一発のライフル銃弾が、アメリカ人、メキシコ人、日本人の家族に波紋を広げていくことになろうとは。
ざらざらした映像と、映画では通常避けそうなリアリティのあるエピソード(撃たれたケイト・ブランシェットが横たわって救急車を待つ間、夫のブラッド・ピットの手を借りて生理現象に対応するシーンなど)の積み重ねが、前後する時間軸にも関わらず物語の軸をだんだんクリアにしていき、この先この人達はどうなってしまうのか。ハリウッド式のストーリー展開に慣れている身としては、悲劇的な結末はいくらでも予想でき、固唾を飲んで先を見守っている。
だけど。
パンドラの箱に最後に残っていたのは「希望」。
最後は、その神話を思い出す展開になってくれたことに救われた。
菊地凛子の演技は非常に印象的で、アカデミー助演女優賞にノミネートされるのも納得。あの年代特有のアンバランスな自意識とひりついた孤独感に加え、障害ゆえのディスコミュニケーションのもどかしさ、「私自身を知りたいと言って」という叫び、そして何もかもが満たされない哀しさが、あらゆる表情や行動に表現されていたと思う。
刑事(てっきり渡部篤郎だと思い込んでいたら、二階堂智という俳優さんだった。大変失礼)との短く激しいやりとりで彼女の要塞が崩れていく様子は圧巻。
またもう一人のアカデミー助演女優賞ノミニーである乳母役のアドリアナ・バラッザの渾身の演技も素晴しい。彼女の身体全部が、メキシコと合衆国国境で生きるメキシコ人達の置かれている状況を雄弁に表していた。
そして作曲賞を受賞した音楽。エスニックな弦を使った楽器の曲が心の深いところに触れ、非常に効果的に「こころ」を鳴らしていた。
久し振りに、映画館で観る価値のある作品を観た、と思った。
近年はTVドラマで充分な話を映画で撮ったような作品が多いように個人的に感じているのだが、この作品はあの大画面と空間で表現されるからこそ「バベル」が「バベル」たりえるのだと強く思う。
モロッコの乾いた草原、トーキョーのスカイスクレーパー、メキシコの赤い土、その空気感、そこで生きる人達の息づかいまでもを、ぜひ、あの大画面で、映画館という空間で観ていただきたい。
尚、ニュースにもなり映画館でも注意喚起されているが、1分近くストロボ照明で撮影されたシーンが続く部分があるため、その手の「ちらつき」に敏感な方はその場面では目を背けることをお薦めする。たしかにそのストロボの向こうで何かが起きてはいるが、そこを見なかったとしてもちゃんと話はわかるので大丈夫。体調優先ということで。
参考リンク:
4万人署名、配給元動かす 「バベル」日本語会話も字幕(asahi.com:2007/04/28)
インタビュー:二階堂智「バベルは観た人の心の奥底を問われる映画」(livedoorニュース:2007/04/19)
弱い人間ほど遠い救済 「バベル」のイニャリトゥ監督(asahi.com:2007/04/18)
映画評:「バベル」 (メキシコ)(YOMIURI ON-LINE:2007/04/27)
ユニバーサルクラシック (2007/04/11)
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