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2006/04/02

MOVIE 「死者の書」

観世流能楽師・柴田稔さんのブログで紹介されていた人形アニメーション映画「死者の書」を観てきた。
古代日本の空気、街並み、こちらとあちらを今より容易に行き交い感じる繊細さに包まれ、実際の上映時間1時間10分よりはるかに長い時間を過ごしたような気がしていた。

※以下内容に触れていますので、未見の方はご注意下さい。

した、した、した。雫が満ち、やがて落ちる映像。深く暗い岩の中で、かつて大津皇子だった人は深い眠りから目を覚ましながらつぶやく。

「ああ、耳面刀自(みみものとじ)。おれがお前を見たのはただ一度だ。しかしあれからずーっと、一続きにお前を思い続けていたぞ、耳面刀自。」

深く、哀しく、強い思い。「一続きに」という言葉の重み。


観世銕之丞さんの声で発せられたこの言葉が、一度に胸を貫き、私の心はすとんと物語の世界に落ちた。

あらすじの詳細は映画公式サイトの「あらすじ」を見ていただきたいが、簡単にまとめると藤原南家の郎女(いらつめ)が仏教に目覚め、この世をさまよう執心となった大津皇子の魂と交流し、最後には曼陀羅で魂を鎮める、という話。

原作も相当難解な書らしいが、それを再構築してわかりやすくした映画版も「すぐわかる」話ではない。言葉と言葉、また場面と場面の間に省略が多く、そもそも登場人物たちは多弁ではない。ナレーションも淡々と進む。
しかし、いや、だからこそ、このどこか幻想的で魅力的な世界が表現できたのではないかと思う。

登る陽、沈む陽。生と死。聖と世俗。二つの世界の間をゆっくり行き交う不思議な感覚。
二上山の間に浮かぶ大津皇子の半身裸の姿は、郎女に「寒そう、何か着せてあげたい」と思わせるもののようだったが、不謹慎なのを承知で書くと、私にはとても色っぽく感じた。郎女もどこかその「情」を感じていて、だからこそ曼陀羅という形に昇華させて個別の肉体ではなく俤人(おもかげびと)という「堂々と思い慕うことのできる存在」にした。最後に郎女が流す一筋の涙は大仕事をなし遂げた満足感と、皇子を失った喪失感があいまったものではないか。勝手にそんな解釈をしてしまった。

屋敷のしつらえや人形たちの衣装の、現代ではあまり見ることのない色合いの美しさ。模様も、色の重ね方も、うっとりするくらいだ。この感覚が時代を下って能装束にも引き継がれているのことを目の当たりにしたような気がした。この色感覚は失いたくない、とも。

パンフレットで粟津則雄さんや片倉もとこさんも書かれていたが、人形を使っているからこそ、誰も見たことのない古代をリアルに表現出来ているのだと感じた。これが生身の俳優さん、女優さんを使うと、どうしても現代の片鱗を見てしまい、イメージをこわしてしまうだろう。また、人形ゆえの固定された表情や動きから生じる不自由さ、曖昧さが逆に見ている方に想像の余地を与え、世界が広げやすいのだとも思う。

観世銕之丞さんは実にはまり役。辞世の句を「謡う」声に、会場のあちこちから鼻をすする音が聞こえた。もちろん私も。声の表現力の豊かさに、ただただ圧倒され、台詞はそう多くはないのだが強烈な印象を残した。

能「当麻(たえま)」後シテの部分の音をバックにしたエンドロールの最後の方で五十音順に「サポーターの皆さん」として名前がずっと流れていき、観世銕之丞さんはもちろん、ジェームズ三木さんや余貴美子さんなどのお名前もお見かけした。この映画を制作するのに一コマごとに出資を受け付けるという「ひとこまサポーター」というやり方が取られたらしい。大手の出資が得られず苦肉の策かとは思うが、多くの人の思いに支えられて作られた映画だということが、いかにもこの作品らしく素晴しいと感じた。

飛鳥・奈良時代に興味をお持ちの方はもちろん、「美しい古人(いにしえびと)」の世界に触れてみたい方に。

関連リンク:

川本喜八郎「死者の書」Web Site
#映画の公式サイト。

岩波ホール
#上映時間はこちらでご確認ください。

折口信夫『死者の書』(正岡正剛の千夜一冊:2000/10/04)
#映画を見てからここを読み、その後「死者の書」に向かうと理解しやすそう。

人形アニメーション映画「死者の書」を観て(能楽師・柴田稔Blog:2006/03/16)
人形アニメーション映画「死者の書」を観て ー続ー(能楽師・柴田稔Blog:2006/03/17)
#この映画を観るきっかけをくださった柴田さんのブログ記事。

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