MOVIE 「エターナル・サンシャイン」
相手の記憶をすべて消し去りたくなるほど苦しい恋とは、どんなものだろう。
恋を失った直後はたしかに二人の時間の記憶が次々と押し寄せて苦しめられる。思い出す苦痛を存分に味わう。
だが、消してしまったとして、果たしてそれは本当に幸せをもたらすのか。
そして、本当にすべてを消したとして、人は完全に変わることができるのだろうか。
今年のアカデミー賞脚本賞を受賞した「エターナル・サンシャイン」(原題:Eternal Sunshine of the Spotless Mind)を見て、そんなことをあれこれ考えてしまった。
バレンタインデイ数日前に恋人・クレメンタイン(ケイト・ウィンスレット)と喧嘩別れしたジョエル(ジム・キャリー)が、仲直りしようとした矢先に、クレメンタインがジョエルの記憶を消去したことを知る。記憶消去の会社を訪ね、自分も彼女の記憶を消去しようとするジョエル。思い出の品をキーに作られた「記憶マップ」をもとに、直近の行き詰まった二人の記憶から順々に消されていく。しかし、だんだんと遡るにつれ、二人の心が重なり合ったたまらなく幸福な時間の記憶もよみがえり、ついに「消したくない」と願ってしまうジョエル。果たしてジョエルは記憶をこのまますべて消されてしまうのか。
少々入り組んだ構成にはなっているが、最後にはパズルのピースがぴったりと合い、さらに新しい絵も見えてくる少々凝った作りになっている。ネタバレになるのでこれ以上は言及しないが、エンドクレジットで流れるBeckの「Everybody's Gotta Learn Sometimes」は希望を持てるナイスな選曲だ、とだけ言っておこう。
記憶のたどられ方も苦しい現在から楽しい過去に遡るところがリアルで、恋人とのいやだったこと、楽しかったこと、幸せだったことなどさまざまなエピソードをたどりながら、恋の苦しさ、楽しさを感情そのものとして見ているこちらの中にもよみがえらせる。ジョエルが「ここは消したくない」と願う記憶の部分は、見ているこちらも消したくないと思うくらい幸福感に満ちたあたたかい瞬間だった。
人の気持ちのあやふやさと確かさ、わかりにくさとわかりやすさ、きれいなところと汚いところ、そんな様々な二律背反を抱えた物語はとても人間くさく、せつなく、忘れがたいもので、見た人それぞれひっかかるポイントが違いそうな気がしている。ブームといわれる「純愛」ものより、私は断然こちらの物語の方がいい。泥臭い中に見える一瞬の輝きの方が、ずっと真実味を持って胸に迫るから。
口下手で不器用なジョエルをジム・キャリーが好演。記憶を消さないようさまざまな(本当にさまざまな)努力をするシーンでは彼のコメディアンぶりを存分に活かしつつ、オーバーアクトにならずに抑えた演技が好ましく感じられた。クレメンタイン役のケイト・ウィンスレットも、ジョエルが心惹かれてしまう行動力あふれる存在として納得の演技。意外な伏兵が記憶消去会社の社員役のイライジャ・ウッドとキルスティン・ダンスト。無駄な登場人物がまったくいない脚本はさすがオスカー受賞作である。
以下は映画そのものとは直接関係ないが、この映画を見てつい考えてしまったこと。
・そもそも人の記憶は正確ではない。自分の物語として再生産され、強化されている。消去とは逆に、繰り返し繰り返し思い出しては楽しんでいるお気に入りの「記憶」を誰しも持っているはずだ。それは「嘘」なのかどうなのか。
・すべて忘れて「なかったこと」にしたとしても、それはいずれどこかでまた出現してくる。だとしたら、苦しい記憶も自分自身として受け止め、乗り越えて抱えながら生きていくことが、遠回りに見えるが実は一番確かなやり方なのかもしれない。それはとてもしんどいことなのだけれども。
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コメント
早速御覧になったのですね。
んんー 羨ましい。(笑)
結構みなさん、評価高いんですけど、サウンドトラックをちょっとチェックしてみたら、選曲も良いみたいね。
CM曲で、LISAの歌うBANGLESの名曲"ETERNAL FLAME"の印象しかなかったので、BECKのこの曲を聴いて「ほう」と思ってしまった。
この映画は1人で観るのがいいのか、好きなカレと一緒に観るのがいいのか、、、:-)
投稿: fumi_o | 2005/04/08 12:13
>fumi_oさん
やじうまWacthによると、どうやら評価は分かれているようです。「CMから受ける「明るく楽しい」印象はあんまりないから、「期待はずれだった」とか「感動できなかった」なんて感想も、特に女性に多かった。」そうで。確かに「明るく楽しい」だけではない作品ですけど、私は好きです。
そういう意味でBeckの曲の方が、私にとっては作品全体のイメージに近かったです。観るなら断然一人ですね。
投稿: くりおね | 2005/04/10 00:12