BOOK 「結婚願望」 山本文緒
山本文緒の「恋愛中毒」「ブルーもしくはブルー」がとても好きだ。どうしようもない孤独感、乾いた心の描写がクールで、それでいてどこか突き放しきれないかすかな温かさも同居し、人の心の複雑さ、割り切れなさ、理不尽さ、生きていくことの哀しさ、愛おしさなどを優れた物語として表現している。
その彼女が書いたエッセイ「結婚願望」(角川文庫)。初版は2000年に発行された単行本の、文庫版である。
彼女らしい筆運びで、さらりと、それでいて少々えぐい本音のところをけろけろっと書いていく。執筆当時は離婚一回の独身状態だった筆者の経験から考えたことをまとめている。
それはいちいち、「そうそう、そうなのよ、私の言いたかったことはそういうことなのよ」とうなづきながら読み進められるもので、独身のときにこういう本があったらどんなに励まされただろうとかなり本気で思ってしまった。
私自身が結婚したのは32の時で、当時としてはどちらかと言うと遅い方だった。田舎では間違いなく「晩婚」の分類に入れられる時期だ。
したくなかったのかというとそんなことは全くなくて、するかかしないかという選択はそもそもなく、いつか必ず結婚する、でも縁がなくて、という状態だった。両親はもともと口うるさくは言わず生暖かく見守っていてくれたようで、医者との見合い話が持ち込まれたときは「うちの娘はわがままでお医者様の奥様なんか絶対勤まりません」と断ってくれていたそうなのだが(あとから聞いて「なんで勝手に・・・それにその断り文句はいくらなんでもひどすぎる。事実だけに」と腹が立った)、私が30になる直前に「こいつはだめだ」とほぼあきらめて、こうなったら安い土地と家でも買ってやるしかないか、と悲壮な決意の元実家の近くに物件を探していた、と母から後日聞いたときにはさすがの私も驚いた。
そんな風に不本意な独身時代を過ごしてきた私には、かなり納得できる内容が書いてあるのだ。
でも、そもそも、それがどうして不本意だったのか。
どうして、自分は結婚したかったのか。
「1章 二十代の結婚願望」の中にその答えが図らずも見つかった。
あらゆる曖昧さがこわかった。そして不安とのつきあい方がわからなかった。一人ぼっちだから不安なのではなく、自分が何も持っていなかったから不安だったのだ。
なぜ自分があんなにも結婚したかったのか、恋愛だけにエネルギーを集中した時代を送っていたのか、自分自身でも不思議だったのだ。「生物の本能に突き動かされていたのかなあ」なんて思っていたのだが、やっと納得できた。
何も持っていない不安に耐えられなかったのだ。そして、二人になりさえすれば、不安はなくなると思っていたのだ。
就職したばかりで仕事に自信がない、それまでの人生で何かをなしとげたわけでもなく、不本意ながら親元に留まっている、四大卒で女子で営業というその事業所では初めての職種で、ほとんど珍獣パンダ的な扱いがうっとうしい、そんな日々の中で不安を解消してくれる一発逆転が、当時の私にとっては「結婚」だったのだ。
自分の食い扶持は自分で稼ぐつもりだったので、養ってもらうことを期待していたわけではない。なのになぜ結婚だったのか。遠距離恋愛をしていて、結婚でもしないと物理的に一緒にいる時間をはなはだとりにくい、という事情はあったにしろ、どうしてなのか。
不安を埋めたかった。そういうことだったのね。
それに加えて、重要な要素がさらに「2章 三十代の結婚願望」に書いてある。
結婚をしたいほど好かれている、という事実ほど、その人個人の存在を肯定するものはなかなか他には見つからない。他人が結婚してくれる、これから先の人生、健やかなるときも病めるときもそばにいて、家族として助けあって生きていこうと他人が誓ってくれるというのは、能力が選ばれたのではなく人格が選ばれたということだ。
人格がはっきりと肯定される瞬間というのは、意外と少ないものだと私は思う。
そう、一言でいえば「結婚するほどあなたが好きだよ」と言ってほしかったのだ。そして実行してほしかったのだ。
そうしてもらうことで初めて、自分自身を全面的に肯定してもらえる、そんな気がしていたのだ。
能力ではなく、人格。
条件付きではなく、無条件に。認めてほしかった。
そんな風にじりじりとしていた私は、結果として望みはかなわないまま時間を過ごすことになる。
不安の埋め合わせのための刹那的な行動をくり返し、でもそれは何も埋めないどころかますます空虚さを大きくしている、ということにうすうす気づき始めた頃。
筆者が「3章 みんな結婚する」の中で書いていること。それに近いことを直感として感じたことが私にもあった。
独身のまま一生を過ごす覚悟をするけれどそれはけして結婚をあきらめることではない。少数派になってしまった人間が逃れられないのは、世間の風当たりの強さである。それに吹き飛ばされない強さを身につけた方がいい。
たまたま、出張の移動中にウォークマンで聞いていたSING LIKE TALKINGの「Keeps Me Runnin'」という曲の
僕らは 孤独の中を 走り続けよう
このフレーズがかーん、と胸に大きく響いた。なぜか、ものすごく、響いた。
孤独を引き受ける覚悟をしよう、その時そう強く思った。
独身で過ごす覚悟とまではいかなかったが、一人で生きていくその孤独に耐えよう、つまらない埋め合わせの人生はもう送らない、そう思ったのだ。
そうは言ってもやっぱりふらふらしたり、悩んだりといったことがなくなったわけではなかったが、そんなささやかな決心をして1年後、今の夫と暮らし始めた。
何かを捨てて何かを引き受ける覚悟をすると、何か変わっていくものなのかもしれない。
人が生きていく中で、数多くままならないことがある。どうやって、一人の人間としてすっくと立って、心楽しく生きていくか。
「結婚願望」というテーマを追いながら、山本文緒は実は「そういう生きていくすべ」について書いているような、そんな気がする。
「結婚」というキーワードのまわりをうろうろしている方(既婚・未婚を問わず)、一度手にとってみることをお勧めします。あなたの明日に何かヒントが見つかるかもしれません。
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コメント
>人格がはっきりと肯定される瞬間というのは、意外と少ないものだと私は思う。
うわっ。心に沁み入りますねぇ。
このくりおねさんのエントリーのあちこちで、自分が直面している色々なことに色々思い当たる節があって、思わず書き込みしてしまいました。
「結婚願望」、読んでみようかなぁ。
投稿: ゆびとま | 2004/08/06 04:38
>ゆびとまさん
こんにちは、コメントをありがとうございました。
ゆびとまさんが引用してくださった一節は、私も特にしみ入った文章です。うわあ、とのけぞりそうになりました。
他にも「ああ、これは!」と思える文章があると思いますので、よろしかったら読んでみて下さい。
投稿: くりおね | 2004/08/08 00:41