MOVIE 「ロスト・イン・トランスレーション」
トーキョーという異次元の街を漂う人間たち。
寂しさの海を漂流する二人がこの街で出会い、一時を共有し、そして別れていく。
男はボブ。やや露出の少なくなったハリウッドスター。
女はシャーロット。大学卒業後すぐに結婚した夫の仕事について日本にやってきた。
二人とも、自分のパートナーとの間にいつのまにかできていた距離にたじろぎ、心の中でそっとため息をつきながら、空虚さをもてあましている。
こんなに人がたくさんいるのに、自分はひとり。
それはTrasration(通訳)不足で言葉がわからないという理由だけではない。
たとえ言葉がわかる人たちの中にいても、まるで透明なカプセルの中にいるように、周囲と切り離された感じがすることはあるのだから。
ボブがホテルの部屋で浴衣を着て、途方に暮れた表情でベッドに腰掛けている映像は、その表情に思わず胸を衝かれるが、もしかしたら彼は自宅のベッドルームでも同じ表情をしているかもしれない。
シャーロットの友人たちと、夜のトーキョーを漂う時、ボブは来日して初めて思い切り街を楽しむことができたように思う。その高揚感とシンクロして高まるシャーロットに惹かれる思いを、カラオケでロキシー・ミュージックの「More Than This」を歌いながら自覚し、抑えきれず彼女を見つめる、その表情のせつなさ。
カラオケルームの表でタバコ休憩するシャーロットの隣に座るボブ。ふたりを包むのはシャーロットの日本人友人・チャーリーが歌う少々調子っぱずれの、はっぴいえんどの「風をあつめて」。友達の歌声に包まれて、束の間の安息を得たように見える二人。
正直前半は、「ソフィアの目」に止まった東京という街の「ご紹介ビデオ」に感じて、どうにも居心地が悪く、あまり集中できなかった。二人の距離が近づくにつれ、ようやく面白さを感じていったのだ。
そして、観賞直後は、どうしてこれがアカデミー脚本賞なのか、正直釈然としなかった。
限りなくプライベートフィルムに近い、外国で撮ったちょっとセンチなお話じゃないか、とさえ感じた。
ところが、その後の日々の中で、ふと自分の存在が浮遊しているような感覚を感じる時、理由のない寂しさを感じる時、明日は明るいと考えにくい時、そんな時にふと「ロスト・イン・トランスレーション」のシーンが映像として浮かんでくることに驚いた。
それはつまり、体験を共有しているということなのだ、と気づいた。
国籍は関係なく、誰もがどこかで感じる、途方に暮れた感情が表現されている作品だったのだ。
影の主役はパーク・ハイアット東京。
西新宿の少々はずれに位置する、41階以上に客室を含む施設がある高級ホテル。
その中で孤独の時間を持て余すシャーロットとボブ。部屋のガラスにもたれて薄くもやのかかる町並みをぼんやり眺める。バー(その名も「ニューヨークグリル&バー」)でジャズボーカルとシガーでひとときをやり過ごそうとする。
スパやプール。光降り注ぐロビーラウンジ。そして客室からの風景。朝の、昼の、そして夜の、それぞれの東京の風景。ビルと線路と公園と家屋を下界に眺める浮遊感。
高層階ゆえの独特の空気感。居心地のよさ。
このホテルがあってこそ初めて成立する映画だったと思う。
余談だが、パーク・ハイアットは私が東京で一番好きなホテルで、結婚式の夜ウェディングドレスのままチェックインした。部屋に向かう廊下ですれちがう従業員の皆さんが、口々に「おめでとうございます」と笑顔で声をかけてくれたことが忘れられない。
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コメント
くりおねさん、こんばんわ、
くりおねさんのウェディングドレス姿みたかったですぅ。
うーん、私は、映像よりも歌かもしれません。ときどきとりとめなく歌が浮かんできます。一番多いのは、渡辺真知子の曲を矢野晶子がカバーした「ブルー」ですね。坂本龍一のFMの番組かなにかでながれていました。たぶん一回きりしか歌ってないし、アルバムにも収録されていません。聞いたときには、ほんとうに全身総毛立つほど感動しました。渡辺真知子のじゃだめなんですよね、なぜか...
なにか物悲しい気持ちのとき、いつのまにか口ずさんでいます。
投稿: ひでき | 2004/06/18 00:35
くりおねさん、おはようございます、
「矢野顕子」でしたね。失礼いたしました。
投稿: ひでき | 2004/06/18 07:23
あ、ひできさんがきてる。あはは(なぜだか最近、いっしょのことが多い私とひできさん)。
くりおねさん、おはようございます。
アメリカからきた若い友人がときおり見せる憂鬱というか、孤独な暗い顔。その「顏」がテーマの映画なんだろうなと思っています。ただ、そういう若いアメリカ人に、最近、すっかり会わなくなった。
日本が、アメリカの若者から見て、いつまでも面白そうな国であり続けることはやっぱ、難しいなーと思ってもみたりします。
投稿: miyakoda | 2004/06/18 08:42
>ひできさん
いらっしゃいませ。
「ブルー」、いい曲ですよね。矢野顕子さんが歌うとどんな雰囲気になるんでしょう。
映像が浮かぶ、と言うか、正確に言うと「その映像を見た時の感情が再生される」という感じでしょうか。いずれにしろ、それだけ心のどこかに残っているということなんでしょう。
ウェディングドレス姿は・・・機会があって気が向いたら、どこかで写真でもこそっとお見せすることはできなくもないとは思いますが。あくまで気分次第です。もちろんネットで公開なぞいたしませんw
>miyakodaさん
どうもです。
>>日本が、アメリカの若者から見て、いつまでも面白そうな国であり続けることはやっぱ、難しいなー
ということを実感する機会がないので何とも言えないのですが、日本人が意識していない何かを面白がってくれているような気はします。私が自分の国のことを知らなすぎるのかもしれませんが。
投稿: くりおね | 2004/06/19 00:03
くりおねさん、こんばんわ、
お約束(?)の矢野顕子のCD、「ピヤノアキコ。」聞いてます。なんで、こんなに矢野顕子の声を聞いただけで泣けるんでしょうね。「らーめんたべたいぃ」とか、「くろいひとみぃ」とか、「ほんをたくさんよむ」とか普通の言葉で歌っているのに、声を聞いただけでとりはだが立ちます。ほんとうにこの人の声には、歌には、不思議な力があります。
http://www.sonymusic.co.jp/Music/Info/akikoyano/index_jap.html
私は、いつもはどちらかというと歌詞の深さに感動して、歌が好きになるんですけどね。ザ・ブルー・ハーツとか典型かもしれません。いつぞやのおはずかしい限りの「train-train」も、もうめちゃくちゃ歌詞が好きです。ほぼその対極にあるのが、矢野顕子の歌詞...大好きな「ブルー」だって、かなり普通のありきたりの歌詞だといえばありきたりの歌詞です。
そう、そもそも私にとって女性はいつまでも不可思議な存在です。こんなにひかれるのに、どこまでいってもすりぬけてしまう。抱きしめきれない。矢野顕子にひかれるように、聖女にひかれるように、電車ですれちがう女性にひかれるように、なぜひかれるのかわからないのに、ひかれてしまう。俗のきわみのようでありながら、神秘の高みにすわってほほえんでいる。
ほんとうに、不思議です。
投稿: ひでき | 2004/06/25 22:04
初めまして☆
「ロスト・イン・トランスレーション」でこちらまでやってきました。
私はラスト・シーンでぐっときました。
なんだか素敵な映画でしたね。
トラバはらせてもらいました。
投稿: ともっち | 2004/07/23 13:03
>ともっちさん
はじめまして、くりおねと申します。
トラックバックとコメントをありがとうございました。
「ロスト・イン・トランスレーション」は「なんだか素敵な映画」という表現がとても似合う映画だと思います。誰もが持ってる気持ちの琴線にどこか触れる、と言えばいいのでしょうか。
投稿: くりおね | 2004/07/25 21:17
くりおねさん
すみません。こんな昔のエントリーにコメントして。(^^ゞ
トップページでお見かけして、気にはなっていたのですが、今日初めてコメント欄まで拝見したら私も一言コメント入れたくなった次第です。
先ず、映画ですがー
私が観終わった時の感想は、東京の風景とか通訳の問題とかそんなことよりも、主人公の彼女に共感する部分がかなりあって、とにかく理屈じゃなくて、泣きたくなるようなイイ映画だと思ったのね。
選曲もすばらしいなと思って、サウンドトラックは今でも時々聞いています。
細野さんの声っていいですよね。当時のレコード(CDではない 笑)何枚か持っているのですが、ロックなんだけどホッとするような日本の情緒的な部分もあってすごく好きなんです。
それから、矢野顕子さんが坂本龍一氏のサウンドストリートの代理DJやった時だと思うのですが、「ブルー」はしっかりエアチェックしていまして、多分その時のカセットテープは残っていると思います。(^^ゞ
投稿: fumi_o | 2005/01/16 20:41
>fumi_oさん
こんな以前のエントリにコメントをありがとうございます。
>理屈じゃなくて、泣きたくなるようなイイ映画
この表現も、いいですね。そういう「理屈じゃない」感じが全編あふれているような気がします。
そして、矢野顕子の歌う「ブルー」がこんなに話題になるなんて。みなさんにとって、それだけ印象的だったんですねぇ。
投稿: くりおね | 2005/01/18 00:09